2010年4月11日日曜日

紅海に9月の月をみる





9月29日 
今日は紅海の真っ只中である。
船室内は華氏95度、デッキは暑く、しかも霧の如く砂塵を含んだ熱風が吹き、
ギラギラする烈日でとてもデッキにはいられない。
船室に帰れば尚暑いが、船員の注意を聞き部屋の窓を閉めてベッドに横たわる。
自然と汗が吹き出てきて暑いこと暑いこと。暑いのだけはなんとも仕方がない。

「紅海」というくらいだから、海の色が赤いかというと違う。濃い藍色だ。
地図を見るとアラビアとアフリカの両岸が見えるように思えるが
実際は何も見えない。見えるはずがない。
広い庭は幅200里もあり、朝鮮海峡よりも広い。
夕暮れ近く空は澄み、夕日が赤く西の空に沈み、14日の月は海上に影を宿して麗しい。

今夕再度、A君の招待晩餐会があるが、風邪気味のため失礼する。
船客の中には人を馬鹿にするような態度の者や、
やけに威厳を保とうとする者や、女の後を追う少々物騒な奴もいる。
もちろん見ず知らずの他人同士、その経歴も思想も職業も異なる。
致し方あるまいが、航海1ヶ月、船客のうちには自然と派閥のようなものができ、
寄るとその悪口を言っている。
立派な肩書きのある人なのに女か子供のようになるらしい。
長い船旅で神経が尖ってくるのだろう。
私たちはそのいずれにも組みせず、
人は人、我は我と知らん顔をしている。
しかし私もやがては難解の語学で異国を歩くうちに神経が鋭くなることだろう。
 

9月30日 
いよいよ明日から10月である。
新京を出発してすでに1ヶ月半が過ぎた。
船は終日航行の船影を見せず、波はやや高いもののすでに慣れてしまったのか、
かえって腹が空くのを覚える。満州へ送るための日誌の整理をする。
今夜は満月である。
船尾のやや右に煌々たる名月が出て、一片の雲もなく澄み渡り、
荒波に反映し凄惨の気が満ちる。夕食後デッキで月を望む。
こうして9月の月を紅海に見た。
次はどこで見るやら、月を見て旅情が深まる。

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