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2011年4月25日月曜日

船上での、武勇伝










フランスの汽車から一緒だった米人老夫婦、フジタ画伯の友人だというフランス人、
キューバに行って飛行機の研究をするというスペイン人の若者、
米国を経て日本に行くという花見の英人らと拙い英語で話した。
ほかに1人のベルギー人がいて、これが巨大な体躯をしたやつで、
よほどの酒好きと見え、早朝から夜遅くまで酒ばかり飲んで船内を暴れ回って、
誰もが敬遠して相手にしない。
私たちのところへも無遠慮に割り込んで来るので閉口していたが、
はじめのうちは敬遠してなるべく相手にしないように気を付けていた。


ところが今日、昼食を終えスモーキングで前記の日本人の方々と話しているところへ
その彼が例のごとく割り込んで来た。
私とT博士とで壁際のソファに腰掛け、前にその他の方々がいて話していたのだが、
私たちの間へ割り込んで、どっかりと座り込んだのである。
しかも前のテーブルに置いていた私のタバコをいきなり取って床に叩き付けた。
いきなり割り込まれ少々むっとしていたところへそれであるから、堪忍袋の尾が切れて、
私は立ち上がると同時に拳を固め、その男の横顔にくらわした。
するとその男は何ごとか大声を上げながら向かってきたので、
これはまともに取り組んではとても勝ち目がないと、
彼が立ち上がるのと同時に腰を屈めて、男の片足を力いっぱい引きつけたら、
ソファやらテーブルの間にどーんと横倒しになった。
さぁ大騒ぎだ。するとそのうち赤服を来た2、3人のウェーターや事務員が来て相手を止めた。
気が付いて見れば広いスモーキングの中は総立ちである。
一時はどうなることかと思ったが、よく見ればみんな笑ったり、拍手の真似をしている。
どうも私に好意の目を向けているように見えたので、内心ホッとした。
中にはこちらへ飛んできて、私の手を握るものもあった。
例の男は船員に連れ去られたが気掛かりなので、事務長の所へ挨拶に行き事情を述べておいた。
船がニューヨークに着きホテルに着くまで、仕返しをされはしないかと心配だったが、
彼はそれきり遂に一度も顔を出すことがなかった。思わぬ武勇伝をやらかしてしまった。
おかげで翌日からあちこちで指差され、すっかり英雄になってしまった。
考えてみれば余計なことをしたものだ。
しかし永久に忘れられない印象だろう。

船上生活

3月20日 
今日の夕食は私たち日本人のために、司厨房長の好意で日本食が出された。
綺麗なメニューまでちゃんと用意された。
吸い物に天ぷら、煮物にすき焼きだった。
食器などもきちんと用意されてあり、飯櫃まであった。
周囲の外国人連れも珍しそうに見ていた。

船の食事は朝食が8時から。
果物またはジュース、オートミール、ハムエッグ、魚のフライ、
それにパンとコーヒーで、11時頃ラウンジで軽い音楽タイムがあり、
スープにケーキが出される。昼食は1時半からで相当のご馳走が出る。
もちろん個人がメニューから選んで注文するのだ。
3時半頃になると活動写真やら、スモーキングでの馬レースなどがあり、
お茶やアイスクリームが出される。
夕食は7時半からで皆タキシードで出る。私たちは失礼して平服で押し通した。

その間外国人たちはトランプなどで遊び、
デッキではゴルフやラケットを使わないテニスをさかんにやっている。
デッキの日あたりのよい所では寝椅子に寝転び、静かに読書する人なども多くいた。
夕食後は音楽会があり、礼服でダンスなどをやる。

2011年4月24日日曜日

クイーンメリー号に乗船、北米を目指す

2月17日 
正午、サンラザール駅を発ちセルブルグに向う。
駅頭には東日のK氏およびN君らが見送りに来られた。
この列車はホワイトキューナード会社の
クイーンメリー号乗船客のために用意された特別列車である。
各等2両に荷物車を付けた1列車だ。各等満員。
私たちのボックスは白髪の上品な老夫婦に、米・仏各1名の商人、そして私たち。
約5時間を要し、午後5時半セルブルグに到着した。
途中の車窓は今までになく好い景色だった。


埠頭で荷物の検査やパスポートの調べがあり、ここで荷物一切を預けて船中で受け取る。
大連埠頭の待合室をちょっと大きくしたぐらいで、かなり大きな埠頭ではあるものの、
クイーンメリー号は横付けできず沖待ちなので4隻のランチで本船に向う。
大きなランチなのであるフランス婦人など、これがクイーンメリー号かと聞いて大笑いだった。


やがて中天にかかる寒月を仰ぎながら、電光の燦々たる市街をあとに、波を蹴り、沖に出る。
クイーンメリー号は浮城のごとく、大ビルディングに自動車を付けた程度に感じる。
9層楼の側窓に電飾が輝き、それが水面に反影してなんとも美しい。


船室も決まり荷物を受け取ったが、3個のうち
肝心の手回り品を入れた手提げがどうしても見つからない。
ボーイに連れられて広い船中の長い廊下を昇ったり降りたりして探し歩いたが
遂に見つからなかった。明朝にしてくれという。仕方がないので食堂で夕食をとる。
約300人収容の大きなものである。
本船の1等は私たちには少々窮屈だというのでツーリストクラスに決めたのだが、
船底8層の全部がそれで、大きく美しいロッジやスモーキング、ライブラリー、
果てはプロムナードデッキなどがあり、相当に立派なものである。
しかも新様式に仕上げられている。日本人は全部で7人。
ドイツ留学中だった台北医大のT博士、新潟大のA博士、ロシア留学中だった
東京外語大のS夫妻に日本電気のH技師と私たちである。
食後は欧州の話がはずんだ。