やがて暗闇のインターラーケンに着いた。
外に出て空を仰げば満点の星、明日の晴天を思わせる。「ユングラフはいいぞ」とかねてK君が紹介してくれた「ホテル・ユラ」に投宿。
駅に近くこじんまりとして、従業員はすべて家族の者、主人夫婦に綺麗な15、6の娘。
サロンでウイーンのラジオを聞いていたマダムが部屋へ案内してくれ、
バスの世話をしてくれる。空腹を覚えて食堂に出る。
ここではめずらしくウエーターが女で、5フランのワインをあおるとなかなか美味い。
付近で穫れる川魚のフライも美味く、久しぶりに食事らしい食事をした。
食後、マダムがサインブックを持って来る。見ると知人が多い。
板垣参謀長の名もある。満鉄の方々も多い。K君の詩吟も見える。N君の墨絵もよい。
何か書かなくてはならないが、ワインの元気で明日に伸ばしてもらう。
サロンでマダムや娘らと語り合う。沢山の写真を見せられ、我らも家族の写真を見せると、
なんとめでたい家族だろうと立って握手を求められた。
日本のクリスマスカードや絹のハンカチを宿の娘にプレゼントした。
語る言葉は英・独語交じりの片言だが、楽しい夕べはなかなか終わりそうもない。
4時頃から大晦日で静かな街の中へ出る。さすがに少々寒い。5〜6度だろう。
だが外套なしの人も多い。少し行くと郵便局前の広場で音楽が始まっている。
たくさんの人々が暗く寒い街路で静かに聴きいっている。
こうして今晩は夜通し起きているのだそうだ。
田舎町とて、出たり入ったり特徴のある建物が多い。
宿に帰れば2、3の家族があつまって盛んにトランプに興じている。
マダムが熱い茶を入れてくれ、明朝の出発は早いからと床を勧める。
部屋に戻るが大晦日だと思うとなかなか床につけず、またワインをとる。
ちょうど今頃は日本の元旦で、子供たちが大騒ぎだろうと想像する。
康徳3年12月31日は、無事に遠くスイス、ユングラフの麓で終わる。
明日は元旦、世界最高のユングラフの頂上で迎えるのだ。
希望と努力の新春だ。
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