やがて汽車は動き出す。
丁君は動く窓から「バッゲージ!!!」と叫ぶ。
荷物なしでは旅もできず、我も丁君も続いて下車、列車は行ってしまった。
ふと気づいてみれば、丁君は外套も帽子も車の中に置き忘れた。
これは一大事と、ようやく駅員をつかまえて話してみたが通じない。
しばらくすると英語を話せるスキー客が
「今の列車は引き返してくるから安心しろ」と言う。
それは一安心だが、荷物を持ったポーターはまだ来ない。
ホームはスキー客で満杯、満足に歩けもしない中を血まなこになって探す。
ようやく見つけたがわからないはずだ。人が変わっていたのだ。
ポーターの方でもわからなくて困っていたらしい。
次の列車が来たが、丁君の物を乗せた列車はまだ見えない。
発車の時間が近付く。車掌に話したらこちらに来いと言う。
丁君付いて行き、しばらくすると持ち物を手にして戻ったのでやれやれと一安心。
その列車はウイーン行きだった。
ウイーンに連れて行かれなかったのは幸いである。
列車の中は満員で、2等も3等もない。狭い廊下も人で一杯で身動きできない。
あの騒ぎのせいで我々は最後に乗り込んだので、小さな荷物の置き場もない。
インターラーケンまでわずか1時間の辛抱と立ち続ける。
右も左もスキー客の男女、リュックサックとスキーだらけ。
この混雑の中、ふと気づくと側で若い男女が抱擁し続け、
寸時の休みもなく濃艶な接吻をやり通しだ。
途中の駅で降りていったが、約30分の間は気も遠くなるようだった。
腹立たしくもなってくる。しかし身動きのできない悲しさ、見ないわけにはいかない。
目をつぶればなおはっきりと写る。さすがにスキー客らも舌打ちしていた。
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