フランスの汽車から一緒だった米人老夫婦、フジタ画伯の友人だというフランス人、
キューバに行って飛行機の研究をするというスペイン人の若者、
米国を経て日本に行くという花見の英人らと拙い英語で話した。
ほかに1人のベルギー人がいて、これが巨大な体躯をしたやつで、
よほどの酒好きと見え、早朝から夜遅くまで酒ばかり飲んで船内を暴れ回って、
誰もが敬遠して相手にしない。
私たちのところへも無遠慮に割り込んで来るので閉口していたが、
はじめのうちは敬遠してなるべく相手にしないように気を付けていた。
ところが今日、昼食を終えスモーキングで前記の日本人の方々と話しているところへ
その彼が例のごとく割り込んで来た。
私とT博士とで壁際のソファに腰掛け、前にその他の方々がいて話していたのだが、
私たちの間へ割り込んで、どっかりと座り込んだのである。
しかも前のテーブルに置いていた私のタバコをいきなり取って床に叩き付けた。
いきなり割り込まれ少々むっとしていたところへそれであるから、堪忍袋の尾が切れて、
私は立ち上がると同時に拳を固め、その男の横顔にくらわした。
するとその男は何ごとか大声を上げながら向かってきたので、
これはまともに取り組んではとても勝ち目がないと、
彼が立ち上がるのと同時に腰を屈めて、男の片足を力いっぱい引きつけたら、
ソファやらテーブルの間にどーんと横倒しになった。
さぁ大騒ぎだ。するとそのうち赤服を来た2、3人のウェーターや事務員が来て相手を止めた。
気が付いて見れば広いスモーキングの中は総立ちである。
一時はどうなることかと思ったが、よく見ればみんな笑ったり、拍手の真似をしている。
どうも私に好意の目を向けているように見えたので、内心ホッとした。
中にはこちらへ飛んできて、私の手を握るものもあった。
例の男は船員に連れ去られたが気掛かりなので、事務長の所へ挨拶に行き事情を述べておいた。
船がニューヨークに着きホテルに着くまで、仕返しをされはしないかと心配だったが、
彼はそれきり遂に一度も顔を出すことがなかった。思わぬ武勇伝をやらかしてしまった。
おかげで翌日からあちこちで指差され、すっかり英雄になってしまった。
考えてみれば余計なことをしたものだ。
しかし永久に忘れられない印象だろう。
怒るときは人間怒るんだよ。
返信削除…ジイちゃん。