赤レンガのゴシック風建築で、オリンピックのために化粧直しをされていた。
ここの地下で昼食をとる。
どこの市役所にも地階にレストランがあり、割合に美味いものを安く食わせる。
帰途、近くのデパートで子供服を見た。
スキー用の毛の帽子と首巻きがおもしろいので、2、3個買って新京に送らせた。
今晩はフィルハーモニーがあるのでT君の案内で行くことにする。
丁君は疲れて帰るというので荷物を頼み出掛けた。
7時の開演までまだ時間がありファーターランドに寄る。
見物はこの次として、ここのシネマを観て定刻に音楽会へ行く。
付近はすでに自動車と人の波、皆タキシードや燕尾服、
婦人はドレスに身を包んでいる。場内は大変な人だ。
大ホールは金色燦然たるもので、正面のステージは段型となり、
約100名の楽士は礼服に各種の楽器を持って控え、
階上にはギャラリーがあり、約6000人を収容できるそうだ。
やがて白髪のコンダクター、サバタ氏が嵐のような拍手に迎えられて、
中央に着座し聴衆に挨拶する。イタリア人とのこと。
曲目はヨハン・シュトラウス作、ドンキホーテの物語。
低く高く、遠く近く、万雷のごとくあるいはまた水流のごとく、
約1時間に渡る演奏に酔わされ急賛総員規律のアンコールの拍手。
その後第2曲目、ボレロが始まる。
ちょっと日本の何かに似ているように思った。これで約20分の休憩である。
広間に出てコーヒーを飲んで一服する。
やがて開演のベルに再度着席、第3曲目、ブラームスのシンフォニーである。
その哀音は斬時強大となり、無限に引き延ばされる夢幻の調べ、
思わず瞑目すると、約100人による各種の音色もただ1つの音となる。
ホールも聴衆もいずこにか消え、身体は天上遥か美しき夢の中を飛ぶ喜びである。
恥ずかしいことであるが、私はいまだこのような音楽を聴いたことがなかった。
音楽に対する目を開かせられた気がする。子供のためにもよいだろう。
この建物は1838年造、今から100年ほど前のもので、
外観は立地の関係もあって倉庫のようだが内部は大変立派である。
ことに聴衆がおそらく中流以上の人たちだろうが、教養を備え、
音楽に対する理解を持ち、訓練されていることには感心した。
約6000人以上の人々はコトリとも音をたてず、囁き声ひとつしない。
その極致の妙技は楽曲が終わるまで拍手などしないことである。
日本でもこのような個人的な修養と、大衆の訓練とに一層の努力の必要を考えさせられた。
4年後のオリンピック招致に成功したといえ、スポーツばかりのことではない。
国民全体が各種所作で嘲りを受けないようにしなくては、真の成功とは言えまい。
就寝前まで色々と考えさせられた。
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