2010年6月5日土曜日

ポツダム市内見物へ




11月23日 
今日は朝からとてもよい天気で、太陽は燦々と照り輝く。
丁君と写真機片手に市内見物に出掛けた。

テヤーガルテンのミュージアムまでバスで行き、
両側の大理石像を眺めながら散歩する。よい気持だ。
32もある彫像は皆立派なもので、背後はスターリンのように常緑樹で覆われている。
その先端、国会議事堂の広場に出て戦勝記念碑に上る。
普仏戦争時のもので、階段で上部まで昇ってみた。
天気がよいので遠くまで見晴らすことができるが、上はかなり風があって寒く、早々に降りた。
そのすぐ脇に国立クロルオペラがあり、
その前には欧州戦争で活躍したモルトム将軍の石造りの彫像が建っている。
この広場は「王様広場」と言われている。
その正面が国会議事堂。
ドイツ風のがっちりとしたルネッサンス様式で小さいがよくまとまっている。
昔はこのテラスで、国歌ドイツランドユーバーアツレスインデアウエルトの音楽のあと、
大統領が国民に挨拶したものだそうだが、
独裁下の今日は1年に12時間くらいしか議会の招集がなく、
今に貸家の札が斜めに貼られることだろう。
議事堂の前にはビスマルクの銅像が建ち、
下の4組の群像は、統制と聡明と征服と武力の象徴である。
鉄と血潮と剣のドイツ魂が見えるようだ。

建物よりもまず庭園




外に出て夕暮れ時の桑の並木通りを歩いた。
一直線の散歩道をぼつぼつ歩き約20分。
両側の大きな老樹が鬱蒼とした森をなすところで、
清水の池、彫像ビラ、青々とした芝生を見る。
建物よりもまず庭園だなあと思う。

帰途はベルリンのポツダム駅で下車、
すぐ前の「カフェ・ファーターランド」に入る。
大きなカフェで世界各国のモデルを作り、その趣を見せているので有名である。
日本もあるそうだ。ところが今日は運悪く音楽停止だ。
仕方なく階下のレストランで夕食を取る。
大きな食堂で壁や天井は金銀のモザイクで目が覚めるようである。
日曜の夕方で、散歩帰りの客で満員だ。
帰途、路上でカフェ・ヴィクトリアの主人夫婦と出会う。今日は休みだという。
そう度々行ってたまるものか。
2度ばかり行って大騒ぎをやってしまったので、すっかり顔を覚えられてしまったようだ。

2010年5月25日火曜日

ポツダム市街、宮殿を見る




次に街で公園に入り、サンスシーの宮殿に行く。


ここはウイルヘルム4世の皇太子時代の離宮で、正面の段状の花壇が立派である。
頂上の建物は平屋式で古風なものだった。
その真下にオランダ風の風車がある。
飛ぶ鳥を落す勢いのフリードリッヒ大王は、この離宮のすぐ傍らで
夜となく昼となくゴトリゴトリとやる粉挽き屋の風車の音に安眠を妨げられ、
僚臣がこの粉挽き屋へ強制的に立ち退きを命じた。
だが粉屋の主人は怒って大王を裁判所に訴えた。
人民の権利と自由を認めた法律ができており、大王の敗訴となったのだが、
粉屋も不敬を悟って立ち退き、大王も別所に立派な風車を作ってやったという。
それで今なお風車は残っているのだ。

サンスシーとはドイツ語で「無苦憂宮」という意味である。
ここには公園内を走る2頭立ての馬車があり、大連通りのものとよく似ている。
森林の中のような大公園、旧離宮の庭園内を馬車がカツカツと走る。
やがて新離宮の横手に出た。
これはフリードリッヒ大王の7年戦争からの計画で、
ビュリングとマングル技師らの手によって設計されたもので、ルネッサンス様式である。
大きく3棟に別れ、その中央に広場がある。
内部も見たが、満州他の幾多の宮殿に比べてあまりきらびやかではなく割合に地味で、
しかし材料などは立派なもので質実的にできている。
例の貝殻の部屋も見た。
かなり悪趣味ではあるが割合によくまとめてあった。
カイザーがここに送られる時、
家族たちに最後の別れをしたという部屋も見て同情に堪えなかった。